極悪人の哲学
平野啓一郎が分人という概念を公にして、既に認知度も上がってきたよね?
相手が100人居れば、自身の対応の仕方も100通りあって、それぞれは全て自分の人格だという考えだけど、これは画期的で、それまでは多重人格や怪人100面相というようなタブーに近い悪いイメージで捉えられてきたのが古い考えのように思えてくる!
二重人格というのもあって、天使と悪魔が混在するというジキル博士とハイド氏という小説もあったし・・・
前々から、オレの中にも悪魔が潜んでいて、事あるごとにチョイ悪をやらかす癖がある(笑)
Being Image Creatorにお願いしてつくってもらった悪魔のイメージ
誰かを相手にしているときではなくて、一人で何かしているときにフッと悪戯する意識が頭の中に芽生えて一例を挙げるなら、ローカルルールや日本の規則を破ってほくそ笑むというような?
自転車の傘さし運転、信号無視に始まって、真夏にエアコンが効かない遠い更衣棟に行かず、近くの快適な場所で着替えるなどなど、犯罪すれすれの破天荒を極秘でやってる自分に酔ってるというのは極悪人の心理だろう!
アメリカや台湾で、皆が信号を無視するのを見るまでは、割合きっちり守ってたんだけど、信号を守っていても命の危険に晒されたりして、結局は周囲に目を配って自身を守らないといけないのと、誰か決めたか分からないような下らないローカルルールは守るだけ無駄と思う今日この頃やな(笑)
愛のため、家族のため、自分のためなら心を痛めながら嘘をつくし真実を語らない・・・
ある意味で極悪人の哲学とも言える?

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